ABOUT
哺乳類の脂肪組織は大きく白色脂肪組織と褐色脂肪組織に分類されます。白色脂肪組織は個体にとって余剰なエネルギーを中性脂肪の形で細胞内に蓄積し、必要に応じて貯蔵エネルギーを全身へと供給する組織です。一方、褐色脂肪組織は細胞内に存在する熱産生機構を利用して余剰エネルギーを積極的に消費する組織です。白色脂肪組織が肥大し脱分化・形質転換が起こると、さまざまなアディポカインの分泌異常が起こります。その結果、メタボリックシンドロームが誘発されます。運動療法は肥満症の予防・改善に有効な手段で、脂肪細胞の大きさや機能に変化をもたらし、肥大脂肪組織のアディポカインの分泌異常も改善します。本研究室では、こうした運動療法による脂肪組織や細胞の生物学的応答の変化を明らかにしようとしています。
STUDY
脂肪組織由来幹細胞(ADSC)の分化プログラムに及ぼす運動トレーニングの影響
運動療法による体脂肪分布の変化
“エネルギースタンド”としての脂肪組織
幹細胞は損傷を受けたり,古くなってしまった細胞を入れ替えるために新しい細胞を作っています。脂肪組織に存在する幹細胞は「脂肪由来幹細胞(adipose-derived stem cell, ADSC)」と呼ばれ,内臓脂肪組織(VAT)と皮下脂肪組織(SAT)の2つの脂肪組織に存在し,それぞれの脂肪組織に固有の分化プログラムを持っています。実際、VATとSATのADSCを通常培地で分化誘導させると、VATのADSCはVATに特徴的な脂肪細胞に成熟し、SATのADSCはSATの脂肪細胞に分化するとされています(Stanford KI, et al, Diabetes 64: 2361, 2015)。こうした分化プログラムの違いがVATとSATの成熟脂肪細胞に記憶として残され、VATとSATの生物学的特性の差異を生み出しているのでしょう。もしそうならば、肥満や運動トレーニングはVATやSATの生物学的応答を修飾しますが、こうしたADSCの分化プログラムや成熟脂肪細胞に残されたADSCの記憶が、肥満や運動トレーニング後天的に書き換えられるのかも知れません。本研究室では、前任校において、ADSCの成熟脂肪細胞への分化能が運動トレーニングによって低下することや(2006年度首都大学東京修士論文(遠藤君);Acta Physiol (Oxf), 200: 325-338, 2010)、血管内皮への分化が維持される可能性が高いこと(2006年度首都大学東京修士論文(畑野君);Scand J Med Sci Sports. 21:e115-121, 2011)をすでに報告しています。現在は、その分子機構をエピジェネティクス変化から解明しようとしています。
本研究によって、肥満や運動トレーニング が影響するVATやSATのADSCの分化プログラムのエピジェネティクス変化(DNAメチル化状態やヒストン修飾状態の変化)に関する新規知見と、運動が標的とするDNAメチル基転移酵素やヒストン脱アセチル化酵素、あるいは新規運動特異的分子の発見を期待しています。こうしたエピジェネティクスの変化は脂肪組織の炎症反応やアディポカイン発現の上流に位置づけられるため、肥大VATの炎症反応とアディポカインの分泌異常を改善する運動トレーニン効果の分子機構解明も加速度的に進むかもしれません。
左記のテーマと関連しているのですが、本研究室では、VATとSATのモルフォロジカルな変化についても研究しています。ADSCから脂肪前駆細胞、SAT脂肪細胞,VAT脂肪細胞および褐色脂肪細胞に枝分かれしていく際、骨形成タンパク質(BMP)やウイングレス(Wnt)関連因子、線維芽細胞成長因子などがその分化を制御しています。とりわけ、BMPは脂肪組織由来幹細胞を白色または褐色の脂肪前駆細胞に分化させる鍵因子として注目を浴び、Wntは脂肪細胞の分化抑制因子として標的にされています(Tang QQ, 2012)。そしてTbxやHoxは組織パターンを決定し、ヘッジホッグとmTORは脂肪蓄積や細胞増殖、血管新生に関与するとされています。非常に興味深いのは、SATとVATに発現する発生遺伝子も大きく異なっていることが分かってきたことです。SATでは、Tbx15、Shox2、En1、Sfrp2、およびHoxC9 の発現が高く、VATではNr2f1、Gpc4、Thbd、HoxA5、およびHoxC8 の発現量が高くなります。これらの違いは脂肪蓄積の違いと関係しているようで、たとえば、VATのGpc4発現量とBMIやウエストヒップ比には正の相関があり、SATでは負の相関があります。一方、SATのTbx15発現量が高いとBMIやウエストヒップ比も大きく、逆にVATのTbx15発現量が高いとBMIやウエストヒップ比が小さくなります。Gpc4とTbx15はちょうど鏡像関係にあるようです。発生遺伝子は発生のときからみられるので、体脂肪分布やSATとVATの分布は遺伝的にプログラムされている部分が多いのでしょう。
そこで、2014年度の修士論文(柴原君)で成長に伴う脂肪組織の発育に伴う上記の遺伝子発現変化と運動トレーニングの影響について検討しました。その結果、こうした分化・発生遺伝子はSATとVATでは発現変化が異なり、運動トレーニングはそれらの発現量に影響を及ぼすことを明らかにしています(現在、論文執筆中)。また、脂肪組織のオートファジー活性が、VATとSATで異なり、運動トレーニングはVATのオートファジー活性を低下させるが、SATやADSCを含む細胞集団ではオートファジー活性を強める事を見いだしています(2015年度修士論文(田中君);Biochem Biophys Res Commun. 466:512-517, 2015)。
本研究室で行っている脂肪組織に関する研究は、東京薬科大学に始まり、電気通信大学、東京都立大学・首都大学東京、そして同志社大学と、その研究の場は変遷しつつも継続的に行われてきています。その間に、「運動トレーニングが及ぼす脂肪細胞の脂肪分解反応の増強機構の解明」について、多くの知見を報告してきています。
脂肪分解反応は、脂肪分解カスケードと呼ばれる経路を経て、細胞内に油滴として蓄えられている中性脂肪が分解されます。本研究室では、運動トレーニングは、①βアドレナリン受容体とGタンパク質のカップリング効率の亢進、②抑制性Gタンパク質発現量の減少、③アンカープロテインの発現量の増加に伴うタンパク質キナーゼAやホルモン感受性リパーゼの局在の変化、④ホルモン感受性リパーゼのトランスロケーションの効率増強、などをもたらすことを明らかにしてきました。しかしながら、こうした変化をもたらす鍵分子が分かっていません。左記の研究と並行して、明らかにしたいと考えています。
最近では、脂肪組織の時計遺伝子(bmal1)の発現変化をもとに、運動トレーニングの脂肪分解反応の増強効果の変化や、メラトニンの効果について研究しています。前者の研究では、運動トレーニングによる脂肪分解反応の増強効果は、bmal1の発現がピークのときの運動トレーニングの方が、ボトム時の運動トレーニングに比べて効果的であった事が分かりました(2015年度博士論文(加藤君):現在論文投稿中)。一方、後者の研究では、メラトニンが3T3L1細胞のミトコンドリア新生を促すとともに、脂肪分解反応も亢進させる事を明らかにしています(2015年度博士論文(加藤君):J Pineal Res. 59:267-275, 2015)。